■エンタの神様

 

日本テレビ製作のお笑い芸人によるネタ見せ番組があった。タイトルは、「エンタの神様」。

若手芸人がステージの上でお笑いネタを演じると、4、50名の客がそれを見てはしゃぐという、寄席中継を近代化したようなテレビ番組だった。

この番組には英語名があった。「the God of Entertainment」だ。何も、大文字の「God」を持ちだし、しかも定冠詞の「the」を付けなくてもなあ、と思う。

節操なく何でも神様に仕立て、しかも「the God」と訳し、その上エンターテイメントという形容詞をつけるところに、日本人の「日本人らしさ」が発揮されている。

そういうことを漠然と考えていたとき、詩篇16篇11節の言葉を思い出した。

あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

確かに神の御前には、喜びと楽しみがある。しかし、それは娯楽ではない。エンターテナーである神が人間を楽しませるというのなら、そんな神は、「消費される神」でしかない。

自分の道を捨てて、神が示してくださる「いのちの道」を歩み始めるときにだけ、創造主である神が与えてくださる「いのち」を喜び楽しむことができるようになる。

僕たちが紹介すべき神様は、僕たちを愛して、本当の喜びと楽しみを味わわせるために、服従を迫る神なのだ。「エンタの神様」とはかなり違う。

 

ヨハネの福音書3章36節
御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることが
なく、神の怒りがその上にとどまる。