■痛みと神の計画

 

イエス様を信じたばかりのMさんが、別の婦人たちと一緒に祈っていたとき、腹部に激痛が走った。立っていることも横になることもできない。一緒にいた婦人が救急車を呼ぼうとしたが、当の本人が大丈夫、と言うので、様子を見ることになった。

そこで、仲の良い近所の主婦もかけつけてきて、3人でMさんのために心を合わせて祈ることになった。幸い2時間ほどして、激痛は収まり、自転車で帰宅できるほどになった。心配した友人たちは、病院に行って精密検査を受けるように勧めた。

後日、病院に行って診てもらったが、どこにも異常がないことがわかった。このことを通して、Mさんは、イエス様が祈りに答えてくださる方であることを経験し、喜んでイエス様を証しするようになった。彼女を通して、ご両親と親友が信じた。

最近Mさんは、イエス様が十字架で受けられた痛みについて、黙想する機会が与えられた。自分が経験した痛みとは比べ物にならないほど大きな痛みを、イエス様が十字架で自分のために経験してくださったことを知って、神の愛の大きさを知った。

イエス様を信じたばかりのMさんが、どうして激痛に襲われるようなことになったのか。理由はわからない。ただ、Mさんが神の愛を知り、神の愛を伝える者とされるために、その痛みが用いられたことは確かだ。神の計画は深くて、計り知れない。

 

ローマ人への手紙8章28節
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。