■「渡りに舟」って、大丈夫?

 

欧州で時間ができたので、英語ガイド付きのツアーを利用した。同じバスにコースの違う客が乗り合わせ、何回もバスを乗り換える。その上、様々な旅行会社のバスが通るので、よく指示を聞いていないと、思わぬ所に連れて行かれることになる。

ある場所で、バスを乗り換えることになったが、なかなかバスが来なかった。結局雨の中、路上で20分待った。私は昼食抜きだったのだが、昼食付きの別コースの客が遅れたのだ。多国籍の観光客の中には、集合時間を気にしないタイプの人もいる。

安いツアーには、それなりの理由がある。旅先で、世界観の違いを論じるのも疲れる。せめて非常食的なものを買っておけばと悔やんでも後の祭り。様々な思いが去来したが、結局は正しいバスに乗ることができ、目的地に到着することができた。

豪華なツアーで、同行者の行儀が良く、腹が満たされたとしても、違うバスに乗るなら、取り返しのつかないことになる。雨に濡れて道にたたずむ「あわれな外国人旅行者」にとって、何よりも大切なことは、行き先が正しいバスに乗ることなのだ。

いくら不安でも空腹でも、行き先を確認してからバスに乗るべきだ。また、行き先の違う旅人を、あわれに思って、自分のバスに乗せようとしてはならない。むしろ、正しい行き先に向かう「神が送られたバス」を忍耐して待つように励ますべきだ。

 

ローマ人への手紙12章4-8節
一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。