■日本型宣教アプローチ(中)知られない神に

使徒の働き17章23節に、アレオパゴス説教の出だしが記録されています。「私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。」

アテネの人たちは、日本人と同じように汎神論的な世界観を持っていました。当時のアテネの町には、約三千にも及ぶ公の偶像があり、その他にも無数の私的な偶像が満ちていたと言われています。自然や人間の営みと結びついた多様なギリシャ神話の神々が祀られていたのです。

アテネの人たちがそのように多くの神々を拝んでいたのは、自分の欲望を神々を利用して満たすためでした。だから、人間の欲の数だけ偶像が必要だったということができます。

そこになぜ「知られない神に」と刻まれた祭壇があったのでしょうか。神は無数にいるわけですから、拝み漏れている神がいる可能性があるわけです。その神から妬まれて危害が加えられると大変なので、それらの知らない神々も拝んでおいてリスクヘッジしておこうというような意味だと思われます。