■宗教改革500年を記念して(4)

紹介文
ヴォルフガング・ジムソンが提唱した「教会が生まれ変わるための15ヶ条の論題」をシリーズで紹介しているが、今号では、その第12と第13の論題を紹介する。

第12の論題では、キリスト教史の中でオリジナルとはすっかり変わってしまった「聖餐」について論じる。第13の論題は、最初はなかったのに後で付け加えられた「教派」について考える。

本稿の目的は、今は当たり前のように教会の中にあるもので、「無くてはならないもの」が何かを見直すきっかけを提供することである。


第12の論題:聖餐を本物の食事として再発見する
この論題については以前、「キリスト教は外国の宗教なんだなあと感じる時」(RAC通信2017年8月1日号)でも以下のように紹介したことがある。

「教会の伝統では、数滴のぶどう酒と、味気のないクラッカーと、憂鬱な顔で、とても宗教的な形式で聖餐式を行なってきた。けれども聖餐とは、実際には本質的な意味を持つ象徴的な食事ではなく、象徴的な意味を持つ、本質的な食事だったのである。」

イエスさまが行なった最初の「聖餐」は、「式」ではなかった。ごく普通の食事の中で、たまたまその食卓にあったものを用いてイエスさまはご自身の死と復活について説明された。その場の雰囲気はどのようなものだっただろうか。少なくとも、「神聖」という感じではなかっただろう。周囲では食事の準備や片付けをする人たちのざわめきが聞こえただろうし、子どもたちが遊ぶ声も聞こえたかもしれない。またトイレに行くために立つ者など、人の往来もあっただろう。

2000年経った現在、よく見られる「聖餐」は全く違うものになった。完全な「式」になり、「式」以外の形で執行しようとする者に対しては、異端だと眉をしかめる者もいる。式の中でよく説明される「ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯す」という言葉や、みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります」という言葉を聞くと、私自身も自分はふさわしくないのではないかと不安になったことが何度もある。とにかく、聖餐式には「神聖」という証印が押されて、「これを汚すべからず」と威圧する。