■「紀元一世紀の教会出席」を通して紀元二十一世紀の教会を考える(4)

紹介文
現在ほど変化の速い時代はない、と言われています。そのスピードは、減速するどころか、様々な技術の進歩によって刻々と加速しています。それらの変化に対する善し悪しの判断や、変化への対応の仕方に違いこそあれ、私たちはみな変化に対応せざるをえません。

私たち日本人にとって2019年は、元号が変わるという変化にも対応する年です。「平成」という時代に色々な意味で区切りをつけ、新しい「令和」という時代に入りました。これらの様々な変化は、私たちキリスト者の生活にも否応なく訪れています。加速度的変化の中でどのように、永遠に変わることのない神さまを愛し、私たちと同じように変化のただ中にある隣人を愛するように、私たちは召されているのでしょうか。

変化への対応は、本質的な事柄を考える機会でもあると言えます。何を、なぜ、どのように、変えるのか、そして変えないのか、それらを考えることが、私たちの思いを本質的な事柄に向かわせます。そのような意味において、今ほど信仰の本質を考える絶好の機会はないでしょう。

このシリーズでは、約2000年前の教会出席を描いた小冊子「紀元一世紀の教会出席」から、教会の本質を再考し、現在の日本の教会に対する示唆を得たいと思います。


シリーズ第3回目の前回(2019.05.14号【有料版】第193号)は、主人公プブリウスが、アクラとプリスキラの家で「毎週行なわれている食事会」に参加したことから、「食」を通して「教会」について考えました。第4回目は、食事を介した集まりの「性格」を観察して、「教会」の本質について考える示唆を得たいと思います。

物語の著者であるロバート・バンクスは、毎週行なわれていた「夕食会」の集まりについて、初代教会がどのようなものであったかを、未信者のプブリウスの目を通して描写しています。紀元一世紀中頃のローマの生活習慣や文化的な背景など、現代の読者にとって親しみのないことなどについても解説しながら、序文にあるように「彼らの集会の本質的性格」を紹介しようとしています。